玉ねぎの定植風景

​(2021.11.27更新)

 

信州・田舎暮らし便り その62

《田舎脱出計画!?の巻》   其の十四

もくもくと暗雲がたちこめる気配にぞくっとしながら、工務店や設計士側の主張に耳を傾けました。今まで詰めて来た話は一体どうなるのか、無理なのか、そんなことがあり得るのか!?…どうもその辺がハッキリせずにモヤモヤした感じです。

「お客様の熱意は、こちらも理解しております。しかしハーフビルドといってもなにぶん特殊な方法ですし、田舎にポツンとある場所ならわかりますが、新幹線の駅のあるすぐ近くの商業地域ともなるとなかなか難しいお話になります。なので…他の工務店か大工さんをご紹介しますので、こちらで作った設計図を元に引き続き進めていく感じになりますが、どうでしょう?」

えー!?それって無理ってこと!?

「…そのご紹介いただいた工務店さんとまたイチから交渉するということですか?」

「大体の引き継ぎはさせてもらいますが、新しい工務店さんとなればいろいろ別の意見も出てくると思います。こちらが作った設計図を元にハーフビルドに向けてイチから一歩進むかもしれませんしね…こちらで協力できることは出来るだけさせてもらいます。」

ここまできてまた別の工務店でという話に、正直もうウンザリでした。

連れ合いは急に梯子を外され裏切られたという気持ちになってしまい、紹介していただいた工務店についても、

「こちらにも他のアテがあるので、ご紹介していただかなくても結構です〜。」

と意地を張って断ったようです。

そうして断った刹那、工務店さんと設計士さんの顔にはホッとしたような表情が浮かんだのを、連れ合いは見逃しませんでした。

しかしですね、ここからがまた、びっくり仰天!!

「こちらもここまで来て非常に残念です。しかしお客様の方でそう判断されるなら仕方がないですから…。それでですね、これまでの設計料、打ち合わせなどなど諸々で20万円になるのですが、こちらにも非があるので半額にさせていただきます。」

ここでお金取るの!?しかも何だかこっちが断った感じになってませんか…?

設計料って…このオシャレな外見図と間取り図だけで???なんかお絵描きしたみたいなこのA3のこの図、3〜4枚と打ち合わせ数回の料金が、20萬円也!

それを半額って…これはありがた〜いお恵み対応?なのでしょうか…。

この工務店も知り合いの人のツテだったため、その人の顔を潰すわけにもいかないなどの事情と色々な思いや腹に溜め込んだ不満をぎゅーっと押し殺し、次の日入金しました。

こうしてまた振り出しに戻った訳ですが、はて、次の一手はあるのでしょうか…。

つづく

​(2021.11.1更新)

 

信州・田舎暮らし便り その61

《田舎脱出計画!?の巻》   其の十三

夢のカフェ&治療院計画の実現を目前に、着工まであと1~2回の打ち合わせを待つばかりとなった頃。突然工務店から「折り入ってお話があります」という連絡が入ったのが、大きな転機でした。

なんだか嫌な予感がしながらも、それまで何回も会い和気あいあいと話をして意気投合していた仲?です。もしかして、“その熱意に負けました!宣伝で使わせてもらう代わりに材料費だけで最後までやらせて頂きます”なんておいしい話があるかもしれない~なんて、そんな勝手な想像をしながら連れ合いは田舎のポルシェ(=軽トラ)に乗って事務所にかっ飛んで行きました。

ご挨拶がてら「いやー、家族で見積もりとにらめっこしていろいろ削ってなんとか予算内に収めました!本当にいろいろお世話になっています!」などと話しかけながら席に着くと、まずいつもすぐ出てくるはずのコーヒーが、出て来ない。

「実はですね…。自分で建てるというその素晴らしい熱意はこちらも十分理解していまして、今までお話を詰めてきたんですが。」と何やら神妙な様子。

「工務店として、設計士として看板や名前を出してですね、途中までやって、そこでそちらにバトンタッチしてハイお願いします、そしてそのまましばらく建たない、なんてことになるとですね、おいおいあそこの会社は途中で投げ出したんじゃないのか?という噂が立ってしまう可能性がありまして…そうなるとこちらとしても少し困ることになってしまうんです…」

あれれれ?なんだかとっても変な雰囲気。でもとりあえずこちらも低姿勢で、

「え…はぁ…なるべく速く完成させますので…」

「それだけではないんですよ。たとえ完成したとしても、建物が後に傾いたりしてご近所トラブルに発展したとしたらですね、どこがやったんだということになると思うんですよ。当社に責任云々になると非常に難しい状況になってしまう恐れがあります」

「は、はぁ…」

「もちろん、こちらとしてもですね、最初にお話をしっかり聞いた上でお引き受けしてここまで来たので、どうしてもとおっしゃるならさらに検討させて頂きます」

「ええ…これは…つまり無理だということでしょうかね?」

「いえいえ無理とは申しておりません。どうしてもとおっしゃるならいくつかご提案したいことがあります」

「提案とは…ど、どんなことでしょう?」

これはまた、モクモクとどデカい暗雲が立ちこめて来たような気がしました…。

つづく

​(2021.9.27更新)

 

信州・田舎暮らし便り その60

《田舎脱出計画!?の巻》   其の十二

そこは小さな工務店でした。

同年代位の社長さんが担当で、お父さんが専務、お母さんが事務、という感じのまさに家族経営でとても話しやすい雰囲気です。良いタイミングでお茶やコーヒーを出して頂き、私たちの計画をしっかり聞いて尚且つ的確なアドバイスをしてくれます。2度目の打ち合わせからはなんと設計士の方も同席しました。ハーフセルフビルドなので設計にお金をかける余裕はないと思ったのですが、工務店の方の「それだけいろいろアドバイスをして貰えるから」という意見を取り入れてお願いすることにしました。

その若い設計士さんの描く間取りや外装、完成予想図はセンスがあり、和と洋の絶妙なバランスがシックでモダン!なので、かなり惹き込まれました。

 

こうして3ヶ月。10日に1度の頻度で打ち合わせをしてどんどん話は進み、いよいよ具体的な金額を出すことになりました。とにかく工務店さんに見積もりを出してもらい、そこからセルフビルド分を引いて予算内に収めるという算段です。

見積もりは…何と3000万円弱!!

えーーー!!!

衝撃の見積もりを家に持ち帰り、みんなであーだこーだと頭を絞って外装内装費用を全部削り、基礎、柱、屋根、材料は最低限で揃えてもらい、足場も残してそのまま1年レンタルする、等でなんとか予算内に納まることになりました。

1階は鍼灸院とカフェ。

狭い土地なので鍼灸院の待合室をカフェにして、カフェの席数は10席余りの小さい規模に。2階は居住スペース。

ロフトも作る計画で子どもたちも大興奮!駅がごく近いので駐車場は作らず、周辺にいっぱいある月極駐車場を借り停めることにしました。外見は昔の長屋風の黒を基調とした和風にし、カフェは「和カフェ」な雰囲気にしたい。

仲介してくれた方やお互いの実家にも順調な進捗状況を報告したり、カフェで使う椅子やテーブル、コーヒーマシーンや内装の素材までいろいろと検索して目星をつける。

今までにない充実した時間でした。

しかしこうしてかなり具体的になって来た頃、工務店さんに電話してそろそろ最終的な打ち合わせをしたいと申し入れたところ、

「いや…実は折りいってお話が…」

これは、何やら、只事ではない雰囲気です。一体何が…!!?  つづく

​(2021.8.1更新)

 

信州・田舎暮らし便り その59

《田舎脱出計画!?の巻》   其の十一

しかしその後、待てど暮らせど大工さんは音無の構えでした。もちろん何回か催促しましたが、忙しさを理由に返事が先伸ばしになり…ついにある日。携帯の画面に大工さんの名前が!こ、これはやっと前進か〜!と思い喜び勇んで電話に出たところ、

「あのー、大切なお話があります。」

なんて殊勝な態度。一体何が?と訝しげに思った刹那、

「実は私、病気になってしまいまして。病名は言えませんが精神的な病気です。暫く仕事をするなと医者からドクターストップがかかり、そんなわけでいつ復活するのかもわからず、今後ご迷惑をおかけしても申し訳ないのでこの仕事、お断りさせていただきます。」

ガーン…!この時点で、すでに土地を購入してから早や半年!しかし精神的な病気で、病名も言えないと言われてしまっては突っ込んだ話をするわけにもいかず、もう少し後でも構わないからと妥協案を示してみても、

「無理です。それもかなり負担になって病気に良くないと医者から言われていますので」と頑なにお断りされ、残念ながら了承するほかありませんでした。こうなったら他の大工さんを紹介しては貰えないかとお願いしてみても、

「そちらの方に知り合いはいませんので…まあハーフビルドでも請け負ってくれる大工さんもいるんじゃないんですかね」

と、だんだん面倒くさそうになり早く電話を切りたい様子でした…。家族全員、非常にがっかりしました。

半年経って降り出しに戻ってしまったので、子どもの高校入学と同時に引っ越す計画はどうやら厳しくなってきました。が、まあ自分で家を作るのはそう簡単ではないと思っていたので、次の手を考えようと気持ちを入れ替えました。

ハーフビルドに挑戦しようなんていう人は少ないし、大きな工務店では間違いなく断られますね。そこで小さな工務店か、人の良い一人親方の大工さんに頼るのが一番良い、というアドバイスをいろいろな人から受けていました。あまり知り合いのいない地域でしたが、探しているとなんと!知り合いのパートナーさんが保険のセールスマンで、営業所の隣にある小さな工務店と懇意にしているので頼んでみると言っていただきました!

やったー!

捨てる神あれば拾う神あり。早速これまでの事情と予算、ハーフビルドの予定などを先にお伝えし、それでも引き受けていただけると内諾。連れ合いが「この機会を逃してはいけない」と新幹線の駅のあるデカい町まで、菓子折り片手にダッシュしました。  つづく

​(2021.6.28更新)

 

信州・田舎暮らし便り その58

《田舎脱出計画!?の巻》   其の十

自分で自分の家を建てるなんてそんな無茶な!とはじめは思っていましたが、いろいろ調べてみると何だかできそうだと分かり、視界がパア〜ッと拓けた感じでした。大工さんという強い味方もいますし、基礎から屋根まではプロにお任せ。あとは自分たちの好きなようにのんびりテントでも張りながら、キャンプ気分で1年くらいかけて建てれば良いね、などと夢は広がります。家もミニマムハウス、大きくても10坪2階建てもしくは3階建て、カフェは無理でも家の前にキッチンカーでも置くか!?などと妄想は絶好調。

 

大工さんにその旨を伝えると「それは面白いですね〜」と快諾してくれました。そうはいっても建築確認から棟上げまでは大工の仕事なので、建物の設計、材料などいろいろ打ち合わせが必要です。大工さんがパソコンで簡単に設計図を作ってくれて、間取りや水道、ガスやコンセントの位置、窓、その他いろいろ考えて早急に着工出来るようにとひたすら前進です。

 

本も何冊も買い込んで、セルフビルダーのYouTubeやHPを見まくり、必要なものを書き出したりしてどんどん具体化していきました。接着剤や集成材など化学製品を使わないで自然素材の家を建てることにこだわると、断熱材から防腐剤、ビスや釘一本までいろいろ考えなければならず、大変でしたが本当に充実した時間でした。

 

とまあ、こちらが前のめりに突っ走っても大工さんと一緒に進めていかなければ着工までこぎ着けられません。大工さんの仕事の合間をみて打ち合わせをすると月1回でも出来れば良い方なのでなかなか前に進まず、すでに構想を始めてから3ヶ月が過ぎた頃のことでした。だんだんと大工さんの返信が滞るようになって来たかも…?と思っていたら、突然「いま立て込んでいる時期なのですみません」と言われてから、ついに全く音沙汰がなくなりました。  

 

一体何がどうなったの?何だか嫌な予感がします…。

 

そうは言っても、こちらの妄想?だけはドンドン膨らんでいきました。自分たちでやることで人件費が浮く分、やはりこだわりの部分に使いたい!なんていろいろ計算して見ると、素人見積もりでも普通に大工さんに全てお願いするくらいの金額になってしまいました。でもね、ま、資金に余裕が出来た時にその分だけ作っていってもいいわけですし、自分たちで苦労してコツコツ作っている姿を見た親戚家族の誰かが、「それじゃ子どもが可哀相だから少し出してやるよ」なんて言ってくるかもしれませんしねー(笑)。

そうして何やら胸騒ぎがする、ひたすら大工さんの連絡を待つ日々が過ぎていきました。        

つづく

​(2021.6.2更新)

 

信州・田舎暮らし便り その57

《田舎脱出計画!?の巻》   其の九

あんなに順風満帆に見えた夢の建築計画のためのローン仮審査の結果は×。
銀行側の妥協案?はあったもののそれまでの話との180°の違いに戸惑い、数日後電話でビシッと他を探すと断りました。まあよくよく落ち着いて考えると、今回の審査が通らなかった原因として思い当たるフシが少々ありました。
1つは、私たち夫婦が事実婚であること。審査の時に軽くこのことに触れましたが若い営業マンはよく分からない様子で、「これだけ収入があれば問題ありませんよ」とそのことについてはサラッと通り抜けました。子ども2人とも一緒でしたので「フツーの家族」に見え、収入さえあれば何も問題ないと思ったのでしょう。でもそれが審査上問題になり、信用上問題がある(!)ので連れ合いにも責任の一端を担わせたいということだったのではないでしょうか。勿論これは推測ですが、営業マンの話と全く違う審査後の銀行の態度の豹変ぶりは、そう思わざるを得ない程の激変でした…。
これは、「シングル女性」への社会的信用度の低さの現れだといえるのかもしれません。
それともう1つは、私の勤務する某学校のメインバンクがその銀行でした。当時学校は業績悪化で明日をも知れぬ状態で銀行の指導が入る程でした…。そしてその後、メインバンクから手を引かれた位ですので、きっとその辺も審査に大きく影響したと思います。
こうして描いていた夢が儚くも崩れ落ち、連れ合いも落胆。
その後、銀行の審査が無理だった旨を大工さんに伝えると一瞬戸惑った様でしたが、もう少し待ってくれることになりました。
そこからどうにか経費を削るべく検討を重ね、建築確認から基礎や棟上げまたは屋根まではプロに任せ、そこからは自分たちで作るハーフビルドという方法を取ろうという案になりました。一見無茶なように見えますが実践している方がたのHPも多くあり、可能だと言う結論に至ってすぐ大工さんに連絡しました。
事情を話すと理解を示してくれて「もちろん現金がある分だけ施工するということもできますよ」「手持ちの現金でどこまで出来るか見積もりしてみますね」ということで、何だか未来が明るくなってきた感じでした。
自分でやれば確かに素人大工だけど、人件費無し、材料はほとんどがネットで調達出来るしその方が経費も安い。総合的に見ても半額くらいで出来そうだし、なによりも素材や工法にこだわることができます。木材もプレカット工場に設計図を出せば全て設計図通りにカットしてくれるし、家の基礎的な部分はプロにやってもらうので安心!
ヨシ、腹は決まった!ということで子どもたちも参加して家を建てる、という計画はとてもワクワクしたものでした…。   つづく

​(2021.4.26更新)

 

信州・田舎暮らし便り その56

《田舎脱出計画!?の巻》   其の八

さて、夢の店舗併用住宅建築計画の資金繰りに関しての、銀行でのローン相談続話です。 そこではかなり雰囲気良く、「良い銀行に巡り会えた〜」「良いお客さんが来てくれた〜」 的なほのぼのとした話し合いが続き、仮仮審査も全く問題無し。頭金なくても大丈夫です よ、とも言われ、連れ合いは銀行の渉外担当者を紹介してもらい、カフェ計画もとにかく 前進のみ!これは開店に必要な初期投資費用も借りちゃうかも?というノリでした。 「本日は週末なので、月曜日朝一番で稟議に回して承認をもらうのですぐに連絡入れます ね。あとはもう形式だけなのでご心配頂かなくて大丈夫ですよ」 後は連絡待ちです。ところが...しかし!!これまたどうしたことか月曜日夜になっても連 絡無し、火曜日もなし。所用をこなしているとすぐ 1 週間が経過し、かなりヤキモキして きます。でも「ここで下手に出てナメられては」等と思い電話をしたい気持ちを我慢...。 ついに 1 週間後の月曜日に電話が来ました。担当者ではなく、その上司を名乗る人物から で、内容は簡単にいえばこんな感じです。 「いろいろ検討した結果、頭金や担保、名義人などお連れ合い様に保証人を担って頂く、 お連れ合い様からも頭金を入れて頂く等の方向でお話させて頂けないでしょうか」 「??お伺いした時は頭金無し、私のみのローンでも全然大丈夫だというお話だったよう な気がしますが、どういうことですか?土地も担保に入れるわけですし」と聞くも、 「審査の内容につきましては一切お答え出来ないルールになっております」とつれない。 「頭金を入れたり連れ合いに頭金出してもらえればお借りできるのですか?」と聞いても 「それは審査にかけてみないとわかりません」 あの時のほのぼのとした雰囲気は全くなく、全てが事務的でした。そこで、 「それでは頭金を◯◯◯万円入れるのでそれで審査してもらえますか?」と充分過ぎる額 を提示してみました。土地の評価額と頭金で借りる金額の半分を超える状態となるのです。 「い、いや...やはりここはお連れ様に契約に入って頂いた方が...それに審査は何回もする と評価が悪くなってしまいまして...」などと、どうも歯切れが悪くて要領を得ません。 始めと 180 度違う話で、こちらも別にそんな下手にでてまでお金を借りようとは思いませ ん。もう怒り爆発! 「どーいうこと?なんでそーなるの?そんなところから借りてやる義理はない!!」 私も全く納得いかず、親に電話して愚痴ったりしましたが、残念ながらお金を融通してく れるとは言ってくれませんでしたね(笑)。 それにしてもどうしてこんな展開になるのか...いろいろ考えて見ると思い当たるフシがい くつかありました。   つづく

​(2021.4.5更新)

 

信州・田舎暮らし便り その55

《田舎脱出計画!?の巻》   其の七

夢の店舗併用住宅の建築計画では、やはり費用をどこから借りるかが重要な問題です。いろいろ検討した結果、やはり地域に根付いた地銀がベストだという結論になり、金利はネット銀行より高めですが、サポート力が違うのでは?と、これから商売をして人間関係を広げて行く上ではやはり営業マンのいる地元の銀行が良いかということになりました。

早速、信州に多い地銀(某ハニー銀行!)の土日も開いている「住宅ローン相談窓口」を予約し、家族全員で行きました。ボロの車で断られてはシャレにもならないので、ちゃっかり隣接する西友の駐車場に車を停めました。源泉徴収票等を持ってくれば仮審査の申し込みもすぐ出来ますよ、ということで、もうこちらは借りる気満々です。

担当してくれたのは若い銀行マンで、やる気に満ち溢れていてフレッシュで前向きな良い感じの方です。ウチら家族4人、上は中学生で下は小学校に入学したばかり。窓際に子どもスペースが設けられていたので子どもはそちらへ、他の行員もみんな愛想が良くて、子どもにはジュース、大人には美味しそうなコーヒーなんかも出てきてほのぼのとした雰囲気で相談が始まりました。

土地はすでに購入済みでしたし(連れ合い名義)、大工さんが作ってくれた図面を見せたり、連れ合いがオーガニックカフェの夢を語ったり、かなり良い雰囲気で話が進みます。

子どもたちについて褒めてくれたり、鍼灸と言う仕事に理解と興味を示してくれたり、連れ合いのカフェ計画を素晴らしいと持ち上げてくれたりで、こちらもだんだん調子に乗ってきました(笑)。

一応私がサラリーマンだったので、私が住宅ローンを組みたい旨を伝えて、住民票や源泉徴収票を出したりして、返済期間や頭金、土地を担保に出来るか等聞かれて、その営業マンは一旦奥に行き、仮審査の前の仮仮審査?みたいなことが行われているようでした。

戻って来るなりその若い営業マンは開口一番。「全く問題ありませんね。ご勤続も10年以上ですし。奥さま(と言われてソワソワ…)のご収入ですと〇千万円くらいまでのお借り入れも可能だと思われます。是非とも私どもにお手伝いさせて下さい。」の様なことを言われ、もうこの銀行に決定、もう何千万円だって借りちゃいますよ!って感じでしたね。

ここまでは、誰がどう見ても良い流れだと思いました。

しかし…この後、思いもよらぬ大ドンデン返しが!

人生、一寸先は闇ということでしょうか。  つづく

​(2021.3.2更新)

 

信州・田舎暮らし便り その54

《田舎脱出計画!?の巻》   其の六 

なんだかんだありましたが無事土地は購入したので、その後は夢の建築計画です。そこは駅近の狭小土地なので、2階建てより3階建てかな…。やはり1階は鍼灸院、2階は連れ合いのカフェ、3階は住宅。出来るだけ化学物質を使わず昔ながらの建築方法とモダンさを融合した近未来的な住宅を構想しました。

いろいろ雑誌を読んだりネットで検索したりして青写真を描きますが、何せこちらも素人ですのでここはプロにお願いすることに。そこで以前、山の鍼灸院の改装をお願いした昔ながらの工法を重んじる若い大工さんに相談したところ、上田は少し遠いが是非やらせてほしいということで建てる人はすんなり決まりました。予算は35年フル住宅ローンで2500万円。大工さんも「これだけの予算があれば自然素材オンリーでしっかり作れますよ!」とやる気満々。早速1ヶ月後には図面を書いてもらって打ち合わせが始まりました。

だんだんと形になっていく我が家。連れ合いもカフェの設備等の資料を集め出し、営業許可の関係や食品衛生責任者講習など、着工すれば遅くとも半年後には完成予定なのでそこから逆算していろいろな準備が動き出そうとしていました。

そして同時進行で肝心の住宅ローンを検討。これはどこから借りるかでかなり悩みました。大手や地銀、ネット銀行が乱立する中、金利もいろいろでその他手数料もいろいろ。固定か変動かなど、検討する課題が多過ぎて食傷気味です。

私たちが描いている目標、それはお店をやることなので、厳密には住宅ローンは利用出来ず金利が高めな事業用ローンとなります。住宅の一部をお店にする場合、住宅部分は住宅ローン、お店部分は事業用の融資となるわけです。しかしいろいろ調べると「店舗併用住宅」というのがあるではありませんか!これは銀行毎に多少違いますが「お店の床面積が住宅の床面積の半分以下」という基準を設けている所が多く、つまりこの基準内なら全額住宅ローンでOK!ということになるようです。

住宅の半分以下、ということは鍼灸院とカフェ2つは無理?いや、その分大きな家にすれば良いのでは?鍼灸院の待合室をカフェにする?カフェはテイクアウトにしては?いや、鍼灸院を出張扱いにしては?いやいや半分を超えた箇所は現金で払えば良いのでは?…等といろいろ考えるのもまた楽しい。

3分割で住宅、カフェ、鍼灸院にすると、計算上店舗部分が6割強になるので、理屈では建築費の1割強だけ現金で支払えば全額住宅ローン可能のようです。つまり2500万円で1割強、つまり300万円程現金で支払えば可能かも、なんて随分住宅ローンオタクになってきましたね。

もう頭の中でアレコレ考えても仕様がないので、兎にも角にも銀行へレッツゴー!と、夢の新築計画の展開かと思いきや、そうは問屋が降ろしませんでした…。  つづく

​(2020.11.30更新)

 

信州・田舎暮らし便り その53

《田舎脱出計画!?の巻》   其の五 

これは完全に騙されたということでしょうか…。

不動産屋の担当者は会長と呼ばれる重鎮らしく、社長は息子で金髪頭、社員もみんな派手系。この会長の幼なじみだか常連客が今回の地主だったようで、電話しても「ワシもよくわからんから…あとは地主と話して」とイヤイヤ感バリバリな模様。不動産売買時の規定の仲介手数料、売買代金の3%+6 万円はすでに契約時に支払済なので、今後何があっても不動産屋にとっては痛くも痒くもないのです。

地主さんは90 代で入院中で、契約時は子どもさんが付き添ってわざわわざ病院から見えましたが、身体の調子はかなり悪そうでした。地主本人は「もう1つの土地まで売ってない。ほしいなら追加で金払え!」とのたまい、60 代と思われるお子さんは「私はよく分からないので…」と言うし、その上、2カ所一緒でないと名義変更は出来ないと法務局は言う…。

ここは八方塞がりか!?と思いきや、ここで正義の味方、司法書士さんがこの展開に滅茶苦茶ブチキレます!!この方は、連れ合いが障がいを持つ弟の成年後見人になる時に申請事務を頼んだご縁で、今回も土地の名義変更手続きを依頼してました。

司法書士さんは、買う時のチラシや実際の測量図等を集めて、事務所に乗り込み直談判。

「チラシも実測の広さで売りに出ているからこのままでは詐欺になりますよ!」

「それを仲介した私の立場はどうなるんですか?」

「このことは司法書士の協会にもお宅の名前を出して報告することになりますよ!!」などと抗議。会長、仕方なく地主さんを説得したようで、その後イヤイヤそうな声で会長さんから電話があり、これまたイヤイヤながらかろうじて謝罪の弁を述べる。その時、「司法書士さんがあまりにうるさいので電話しました」なんて泣きが入った位(笑)。こちらもブチキレたいところですがここは大人の対応に徹しました。

その後、この司法書士さん全くぬかりなく、2 筆の名義変更となるとすべての手数料が2倍くらいになるところ、そのハミ出し分も元々今回の出来事は売り主の責任!ということで、すべて売り主が負担するように交渉してくれました。この方の仕事を越えた対応ぶりに感謝し、交渉にかかった交通費や人件費等を是非お支払いしたい、と申し出たのですが頑に固辞なさり…涙涙でした。久しぶりに誇りあるプロの仕事を見ることが出来ました。

でももしこの司法書士さんにお願いしていなかったら、私たちはどうなっていたのだろうか…と思うと本当に背筋が凍りましたね。頼んで良かった~。

さてさて、ノッケから土地購入でいきなりケチがついた!?とは思いたくありませんが、この後も数々の試練が襲ってきたのであります…! つづく

​(2020.11.30更新)

 

信州・田舎暮らし便り その52

《田舎脱出計画!?の巻》   其の四 

そこはJR上田駅に近い土地。 

こんなところが売りに出るなんて滅多にないに違いありません。 

もう買う気満々で不動産屋に行き、詳細を確認、既に現地確認は勝手に隅々まで見たのであとは書類だけ。不動産屋も老舗のようで安心?都市ガスのガス管、水道管等も通っていて問題無し。建ぺい率は80%、容積率300%、準防火地域、いろいろ規制はありますが小さいが2階建ての店舗が建ちそうです。坪単価も相場に比べて少しだけ高めでしたが、他にも買いたい人がいるから値下げはしないとのことでした。 

土地は実測27坪、登記簿上は20坪になっていて、 

「昔は計測する時に縄伸びといって縄を精一杯引っ張りなるべく土地を小さく計測して税金を安くした名残で書類上は狭くなっている土地がまだ多いんですよ。なので税金が安く済みますよ。もちろん専門家に測量してもらって表記をし直すこともできますがお金がかかりますよ…」 

というお話で、いろいろネットでも調べましたが、もう隣地との境界も確定してあるので、そのままで名義変更することにしました。 

1階は鍼灸院、2階はカフェ、もう想像するだけで大興奮です。話しはトントン拍子に進み、お付き合いのあった司法書士さんに頼んで名義変更というところまできました。支払いはもちろん現金一括、ネット支払いでしたが緊張のあまりタイプミスを連発するも最後にエンターを押して今まで生きて来て一番高額な振り込みをしました! 

その後、不動産屋さんの事務所で全ての書類を司法書士さんに確認してもらい取引終了。 

と、ところが…。このあとすぐ法務局に行って名義変更して終わり、の筈でしたが、何やら慌てた様子の司法書士さんから緊急の電話。 

「大変です!あの土地、2つに分かれている様です。20坪と7坪に。しかもあの土地は狭すぎるので法務局で職権合筆することになっているようで、つまり2つの土地が一緒に名義変更しないといけない、片方だけ名義変更することは出来ないのです !」 

「え…?」 

はじめは何を言っているのか全く分かりませんでした。司法書士さんがすぐに不動産屋に電話するも、この不動産屋「そこまではわれわれは知らない。前の売主の責任だ」と言う。すぐに売り主に電話するもなんと!「もう1つの土地がほしければ追加で金を払え」と言っているという話で…。 

オイオーイ、一体どうなってるの!? 

そんなことをしたら相場よりちょっと高め、でなく凄く高い買い物になってしまうのでは?これはぼったくり? !どうなるのーーー ! つづく 

​(2020.10.31更新)

 

信州・田舎暮らし便り その51

《田舎脱出計画!?の巻》  其の弐

そんなこんなで、そろそろ田舎生活もちょっと考え直す時期が来たのではと思うようにな りました。
下の子どもの小学校で 3 人だけのクラスもどうも地元生の子が引っ越す予定らしく、元よ り山村留学生の子は来年度居るかわかりません。うちの子ももう転校を考えても良いかな ー...という感じになった頃でした。 私も連れ合いも実家は東京と千葉、そろそろ親も年をとってきてます。せめて新幹線かイ ンターに近い所に拠点を構えれば、もしもの時も通いやすいと思いました。 私の学校の仕事を減らし、細々やっていた山の鍼灸院の支店を町にも出し研修施設も作り たいという希望に、連れ合いのカフェを開店するという希望もあります。 ある程度は住宅ローンを組めば安い金利で購入出来るし、その上、家の一部を鍼灸院とし て営業する形にして、そこから鍼灸院や田畑に通えば良いじゃないか!という様に家の中 で話がまとまりました。

いよいよ田舎脱出計画の始まりです。 とりあえず学校の職があるうちは住宅ローンが組めそうなので、クビになる前に探しちま おう!ということで、割と身が軽く交渉事が得意な連れ合いが動き出しました。 まあ、田舎脱出といってもやはり信州は山に囲まれた田舎ですが...そうした盆地に駅や街、 住宅地が広がっているので駅近くの広い物件を探しました。 山の家は、長野県の代表的な 3 大都市である長野、松本、上田の各市からそれぞれ約 40 km以上離れている所にあり、大体車で 1 時間位はかかりますが田畑をやりにも通える距離 です。この 3 市に絞って考えると、松本市は新幹線が通っていないので東京に行くには少 し不便、長野市と上田市は新幹線はあるけど、長野市は駅近くに物件を探すのは至難の業、 駅の南側は再開発でゴチャゴチャしていました。 ということで上田市に的を絞り、ちょうど高校受験で上の子も上田にある高校を気に入っ ているようで上田に居を構えれば一石二鳥ですね。

年明けのある日、いつものようにネットでいろいろ検索していた連れ合いが、「えー!上田駅近くの土地が売りに出ているぞ!少し狭いが貯金で買える価格だよ。明日すぐ見に行 って来るわ」としばし興奮気味で話し出し、家族みんなで情報があまりない不動産屋のホ ームページを食い入るように見て、グーグルで場所を突き止めて興奮は最高潮、長方形の 土地で商店街から一歩入った所、鍼灸院にもカフェにもピッタシな場所でした。 いきなりここに決定!? つづく

​(2020.10.1更新)

 

信州・田舎暮らし便り その50

《田舎脱出計画!?の巻》  其の弐

千葉の我孫子、茨城の鹿嶋、埼玉の秩父、神奈川の小田原等々、いろいろ探しま したが、自分達の貯金で買えて農地も付いて来る!なんて都合の良い物件にはなかなか巡 り会いませんでした...。 そうこうしているうちに、教員養成学校時代の同級生が長野にある新設の専門学校で働い ていてこっちで教員をやらないかという誘いが来ました。社宅もあるということなのでと りあえず引っ越して物件を探そうと決意。しばらくの間、東京と長野の仕事を両立しなが ら毎週往復生活が続きました。。。 そしてついにくだんの東京の学校と、東京都労働委員会の調停を経て退職。市内のマンシ ョンに引っ越して長野に生活の拠点を移しました。その後紆余曲折あって、北部にある小 さな田舎町に役場の斡旋で小さな家を借り、いい感じに念願の田舎生活開始!と思った途 端。春になるとあちらこちらでリンゴの農薬散布が始まり慄然としました。これは危険だ と、そのあまりの酷さにもっともっと山奥にと本格的な田舎物件探しが加速していきます ...。別荘、ログハウス、古民家などを巡り、とうとう山の中にあるボロボロの一軒家に辿 り着いたのが今の家です。 

それももう 14 年前。レンタカーで 2t トラックを借りて荷物を満載し、いきなり新居の雨 樋にトラックの箱が激突して壊す!という惨事に見舞われながらも、期待に胸を膨らませ、 田舎生活が始まりました。 ご近所さんに挨拶に行くとみんな良い方(に見えた)で、若い人もほとんどいなかったの で、周りからいろいろ期待されるのも少し嬉しかった記憶があります。 そこからのお話は今まで書いて来た通りで、人間、慣れて来ると周りの要求もグレードア ップして来るし、最初の頃は村役も簡単だと思っていたのが次第に 3 役 4 役と重なり、「若 いから」という理由だけで押し付けられ、いろいろ変えようとすると「今まで通りやれ」 と言われるし...ジモティーの論理には全く振り回されました。 子どもの学校も最初は少人数で和気藹々的な雰囲気かと思いましたが、ドンドン児童数が 減って、少人数で遠慮のない子どもの世界の人間関係はさらに窮屈に。先生や友だちとの 距離も近く、フィーリングが合えば良いけど合わないと地獄、みたいな状況になりPTA の負担も増々半端ない感じに激化。そして子どもは、田舎特有の「将来はフルサトのため に貢献するんだ!」という訳の分からないジモティー・プレッシャーにいい加減嫌気がさ し、結果「長野大キライ!」になりました...。 そのうち下の子どもの小学校のクラスが3人、学校全体の児童数 12 人、そのうち都会から の山村留学生が半分以上という異常な構成の学校になったことも、それを後押ししました。 こんな学校、田舎やないやん。 そろそろ田舎生活脱却時機到来か...!?    つづく 

​(2020.8.2更新)

 

信州・田舎暮らし便り その49

《田舎脱出計画!?の巻》  其の弐

そもそも連れ合いと 2 人で最初に住んだのは、小田急線の多摩川近くの 6 畳と鰻の寝床のような 4 畳半+台所の木造アパートでした。 

その右隣りの部屋の土方のオジサンは寝坊助らしく、毎日早朝に起こしに来る若者の声と、ドアを激しく叩く音がちょうど良い目覚ましでした。また左隣りの一人暮らしのオネエサンの部屋で洗濯物を干されると柔軟剤の臭いが激しく窓を閉める羽目になり、向かいのジイサマは機嫌が悪いとバアサマを怒鳴って蹴飛ばすので、警察に通報した方が良いか悩んだ覚えがあります。 

 周りは畑でのんびりとしていて良かったのですが、時に除草剤を撒く白い煙に包まれたことで危険を感じ、さらに子どもが生まれてまだ何ヶ月の時に、急に全館シロアリ駆除をする通知が来ました。シロアリ駆除の薬剤は毒性が高く、人体、また特に赤ちゃんへの影響を考えるとここに居ては危険だと判断、即座に引っ越し先を探すもなかなか見つからず、旅館に泊まってまで探した覚えがあります。残念ながら引っ越しは駆除の後になってしまい、薬剤の臭いに苦しめられながら引っ越し作業をしたことを覚えています。 

 次の家は、多摩川を渡って反対側の駅から 20 分歩いた所にある貸家でした。ここも古い木造で、6 畳 2 間で台所は広く小さな庭があり、裏は広い空き地だったのでとてもゆったりしていました。ここで連れ合いが持っていたテレビを調子が悪いので思いきって捨て、以来うちにはテレビがありません! 

 空き地の向こうには牛丼屋があり、風向きで牛丼の臭いがして来ると私はイヤでしたが、連れ合いはご飯のおかずだといってうっとりしていました。オーナー息子は同じ位の年齢の人で貸家群の一番奥に自宅があり、高級車が入っている車庫は私達が住んでいる貸家よりも立派でした…。 

 そこの貸家群には、熱心な創価学会信者や元社長、旧車マニア、外国人等住んでいる人たちも非常にバラエティーに富んでいていろいろ勉強になりました。特にお隣の元社長サンの家は夫婦お2人でとても工夫して住みやすくされていて、お庭には金魚を飼って綺麗なお花を植え、敷石も敷いたりして小さくとも素敵なお家でした。うちの子も可愛がって貰い、金魚にエサをやらせてもらったりバナナを頂いたり、奥さんが手作りで作った弁当袋はついこの間まで使わせて頂いていました。 

 その空き地も近くに流れる小さな川も自然が残されている領域だったので、桑の実を見つけて初めて食べたのもそこでしたし、家の裏には何故かブドウの蔓が生え、酸っぱいブドウを収穫した覚えがあります。 

 そのうち勤務先でのマタハラ事件が起こり、団交の後何とか勤務先へ戻ったものの常勤には戻れず、そうこうしているうちに田舎暮らし計画が進み始めました〜。   つづく 

​(2020.6.30更新)

 

信州・田舎暮らし便り その48

《田舎脱出計画!?の巻》 其の壱 

いよいよ今号から、田舎脱出計画編!?...に移ります。 でもまずはその手始めに、今までの田舎暮らしの経緯を辿ってみたいと思います。

私の生まれ育った東京の端っこの多摩川沿いの小さな市は、とてものどかで近所には畑、 陸稲の田、梅林が沢山ある田舎な住宅地でした。畑の真ん中には柿の木があり、実のなる 頃には他家の塀の上によじ上って良く採ったものです。 どこの家もいろいろな庭木があり、ブドウやザクロ、グミなども味わえましたし、畑の人参を抜 きっこしていて怒られたこともありました...。 私は幼い頃から土いじりが好きでしたが、ウチの庭は正に猫の額程度の庭で、周りは家に 囲まれて日もあまり当たりません。そのうえ日本庭園に憧れた父が砂利を敷き竹を植え、ミ ニ石庭風になってしまった庭には、もう私が植物を育てるような環境は全くありませんでした 。 でも元々緑が好きで、高校時代の卒業文集には「お金をためて山を買いたい」と書きましたし (笑)、大学の時も裏山でブラブラ散歩しながら植物を眺めるのがとても良い時間でした。 連れ合いと出会って狭いアパートに暮らし始めた時、狭いベランダで初めてピーマンの苗を 育ててみました。そのピーマンはあまり大きくならず、やっと1つついた実をもう少しと思って 置いておいたら、何と赤いピーマンになりました。 調べてみると、つまり通常目にする緑のピーマンは未熟果で、だから白い種と苦味があり、 熟すると赤く甘くなるとわかり、感動でした。 そんな風に植物と付き合うと沢山の発見や感動があります。もちろん、食べ物への興味とい う点もとても大きかったです! そのうち、もっと田舎へ行きたい、山があって緑があって、田んぼや畑があって...と自給生活 への夢を密かに膨らませていました。

田舎暮らしへの直接のきっかけは、皮肉なことに勤務先のマタハラ事件でした(是非過去の ファイトを参照して下さい!)。思い返せば、それまで東京で馬車馬のように働いていた生活 を見直す良い契機になったことは確かです。 マタハラに遭った子どもも無事産まれ、子育ての環境としても田舎が良いだろうなー、また連 れ合いは障がいを持つ兄弟とグループホームの様な共同生活がしたい、そのうち鍼灸治療 院とカフェもやりたい...等と、田舎へ引っ越すということが少しずつ具体的になって行きまし た。

そこから「田舎暮らしの物件探し」という大海原への航海が始まったのでした〜。つづく

​(2020.5更新)

信州・田舎暮らし便り その47

さて、今号は「田舎脱出計画」の予定でしたが、世の中は新型コロナウイルス感染に対する対応で大変な状況が続いています。そんな最中の、田舎の現状について綴ってみたいと思います。
最初は遠い国の出来事だったのが次第に国内でも影響が出始め、テレビがコロナ報道一色になっても、中山間地・限界集落のわが山村においてはまだ遠い国の出来事の様でした。しかしそれまでフツーだった学校に行事で出かけた途端、保健の先生が飛んで来て「マスクして下さい!」と差し出されビックリしました。完全に出遅れていた村民は、誰もマスクなど持ってません。まあ子ども達だけは結構学校でうるさく言われていたようで、ウチの子はちゃっかり先生にもらったマスクを常備していました…。
その後、3月の村を挙げての行事である「文化芸能祭」が急に中止に。それまで練習して来た児童たちの発表の場は、急遽授業参観時の学習発表会となり、なぜか歌を歌う時だけはマスクを外すというアクロバティックな対応がまだ許容されるだけの余裕がありました。
それが、緊急事態宣言が全国に出た途端、ほとんどの村の行事、会議、飲み会、総会、球技や大会などが中止になり…いつも“くだらない会議”に呼ばれていた連れ合いは大喜びでした。
といってもヨガ教室など貴重なお年寄りの運動の場もなくなったため、ある村では健康のため、1日3回もラジオ体操が村内放送で流されているそうです。
そのうち、ジモティー特有の閉鎖的な面が次第に現れ始めました…。
バブル時代に作った別荘地には休日や連休になると来る人が結構いますが、外国人も多く、「そこの人たちがよく来ているから、あそこのパン屋は行かない方が良い」
他府県ナンバーが付いている車が停まっていると「アレは誰のだ?」とすぐチェック
「東京なんか行っちゃダメだ!」「こっちにも来ちゃいかん!!」
ある島の方がこちらの別荘へ来ようと立ち寄った先に、島内の知らない人から「帰って来るな」という電話があったという話も聞きました。恐ろしい…!
そして、ついに県内で感染者が出た途端、かなりのスピードで詳しい個人情報が出回りました。どこどこのだれが東京のどこへ行って感染した、家族は何人でどこどこで働いていて…かなり詳細に噂が拡がってきます。そして、その方の家には心ない言葉を書いた紙が貼られたり、石が投げ込まれたとか。その仕打ちが酷かったため職を失った方もいたと聞きました…!!
とりあえず緊急事態宣言は解除されましたが、市や県の発表を見ますと依然自粛要請は続くとのこと。子どもの学校でも、生徒同士で笑ったり大きな声で会話しない、人と話すときは2m以上空ける、教室の窓は全開、マイゴミ袋持参、マスクの着用等々、宣言前よりもさらに厳しくなっていて、なんのための解除なんだか全く理解出来ません。
ウイルス感染対策は、まずは自分の身体の体力・免疫力を上げることに尽きます。消毒し過ぎず、新鮮な空気と水、生命力に溢れた食べ物、適度な運動と十分な睡眠を心がけましょう!